第35回 クリエイティブ研究会

 

「で、次、どこに行けばいいの?」~ある広告クリエイターの悩み~

株式会社電通CDC局クリエーティブ・ディレクター 東畑 幸多 氏

ボクシングから総合格闘技へ
僕が入社した99年当時は、コピーライターやアートディレクターが、それぞれ自分の役割を追求できるシンプルな時代だった。しかし今は、ボクシングから総合格闘技に変貌している。デジタルを中心にマーケティングの視野を持ったデータ分析やテクノロジーなど、多岐にわたるプランニング能力が望まれ、どこに力を注いでいいかわからなくなっている。

世界的なフィルム会社「コダック」の破綻は、フィルムから脱却できなかったから。思い出に残したい、誰かと共有したいという写真の本質に気づいていたら、インスタグラムのような違うサービスが生まれていたかもしれない。変化の時代の中では、自分達が何をやるべきなのか、足元を見失わないことが大切だ。

アップルコンピューターがアップルに社名変更したのは、コンピューターの会社ではなく、人々の生活をイノベーションしていくことがミッションだからだ。トヨタがプリウスを出した時も、自動車製造業から環境社会をデザインしていく会社へとシフトした。あらゆる企業が自分達のミッションを模索する中、広告会社のそれは、企業やブランド、地域などを、アイデアとコミュニケーションの力で活性化すること、元気にすることじゃないかと思う。その例として「九州新幹線全線開業」の仕事を振り返ってみたい。

「九州新幹線全線開業」の広告ができるまで
2011年3月12日の九州新幹線全線開通に伴うCMに、プランナーとして関わった。JR西日本からのオーダーは、新幹線全線開業が九州7県すべてにとって喜ばしい出来事にしてほしいということ。新幹線が通過しない佐賀や宮崎などでは一部歓迎されないムードもあったからだ。そこで上司のCDの古川裕也が、70?80年代の観光キャンペーン「I Love NY」のような方向性を提案。九州の人達が主役になる市民参加型のスタイルを目指した。そして7つの県が新幹線で一つになるという思いを込めて、レインボウカラーで九州自体のロゴを制作。九州の人達の広告というスタンスで「祝・九州」というコピーをたぐり寄せた。

「I Love NY」のCMでは、ブロードウェイに因んで市民がダンスをしていたが、「九州新幹線全線開業」も当初は駅で市民が集まってダンスをし、新幹線を出迎える企画だった。ただ本当に九州の人が踊って他地域の人が面白いだろうかと疑問がわき始め、プレゼン後に企画を見直した。

そこでダンス案の他に、ウエーブ案を提案。7色にカラーリングした新幹線を走らせ、その新幹線に向かってみんながウエーブする。ウエーブに参加する人を各駅で募集し、実現していくまでをCMにしていこうと考えた。ウエーブ案はハイリスクだが、成功するとモメンタムなものになる。幸いクライアントの賛同も得て、企画が動き始めた。

今まで誰も未経験のプランなので、数々の検証をしつつ進めていった。例えば品川?新横浜間でテスト撮影を行うと、新幹線が意外と速いことがわかり、複数台のカメラが要ることや、派手な格好をしないと絵にならないなどがわかった。このようにあらゆる問題点を抽出→改善し、いろんな職種の人がアイデアを持ち寄って形にしていった。クライアントも度々運行本部と掛け合ってくれ、最終的に臨時列車を走らせ、撮影しやすいよう12箇所のポイントだけ速度を遅らせてもらうことができた。

さらにウエーブだと隣の人の動きを気にして表情が出にくいことがわかり、「新幹線に向かって手を振ろう」に変更。とにかく地元の人達の参加がキーなので、TV-CMや沿線での広報を徹底した。検証によってわかった問題点はその都度改善し、どんどん告知にも反映。絵になりやすい場所をマップにして配布したり、ネットやSNSでの事前登録や盛り上げも試みた。

撮影当日、どれだけの人が集まるかは不安だったが、ふたを開けてみると沢山の方が嬉々として参加してくれて、地元の人々の熱さを感じた。はしご車を揚げた消防署の人や結婚するカップル、地元のおばあちゃんたちも風船を作って待っていてくれた。撮影担当のスタッフ達は、これだけの反応を目にして撮影中ずっと涙を流していた。

面白いものを創って人を幸せにすること
九州新幹線で見た参加者達の笑顔のように、自分がやりたいことは、面白いものを創って人を幸せにすることだと思った。最近馬場康夫著「エンタメの夜明け」を読み、その思いを一層強くした。この本は、小谷正一をはじめとしたメディアの黎明期で活躍した電通の営業マン達と、ディズニーランドを日本に誘致する史上最大のプレゼンについて書かれている。小谷正一は、百貨店で初の絵画展をやったり、万博のパビリオンをプロデュースしたり、面白いと思ったことは何でも首を突っ込んで仕事につなげていった人。小谷さんのように、いろんなことに触れてそれを仕事に生かしていくことは、今の時代にも大切なことだと痛感した。

最後に小谷さんと部下のこんなやりとりがある。「今は広告もイベントも完成して行き詰まっている。小谷さん達が活躍した過渡期の時代は、真っ白なキャンパスに思い切り絵が描けて羨ましい」という部下に対し、小谷さんがこう応える。「時代はいつだって過渡期だし、キャンパスは真っ白なんだよ」と。

<事例紹介>
最近の面白いと思う事例紹介。
(1)域密着型の鹿島アントラーズが、シニア向けにサッカー教室を開催。その結果鹿島市の医療費削減に貢献した。
(2)RE DESIGN展で佐藤雅彦さんが飛行機型の出入国スタンプを提案。スタンプのデザインを見直すだけでも、日本の印象を変えることができる。
(3)ニューヨークのMarlow & Sonsという店では、1Fのカフェで肉を出し、2Fで革製品を販売。食肉用とレザー製品で違う牛が使われていることへの問題定義で、人気を集めている。
(4)モニカ・ルインスキーが提唱する、ネットいじめ撲滅運動。過去のスキャンダルさえ武器に代えて仕事にしている。
(5)ブータンが打ち出したGDH(国民総幸福)政策。グローバリゼーションの立ち遅れというネガティブな要素を、国民一人ひとりの幸福度という視点で捉え、注目度を高めた。

自分がやりたいことに耳を澄ます
ミリオンセラーの「人生がときめく片づけの魔法」では、モノを捨てるか捨てないかをときめくかどうかで判断している。同様に自分が何をやるべきかも、ときめきの有無で判断する。

小谷さんの発言でもうひとつ印象的なのが、日本三景の中で宮島の厳島神社だけは他とは違うという指摘。「海に鳥居を建てるという奇抜な発想があり、そのアイデアを面白がる人がいたから、今でも宮島が人々を魅了している」。ものを考える時にはそういう姿勢が必要で、そこにはちゃんとサービスがあるのかも問い続けなければならない。

今広告業会に訪れている変化は、デジタル化とグローバル化の2つだ。そこでは価値が均一化されやすい。しかし「Think local、Act global」のように、グローバルでつながる一方、ローカル=足元を見失わないことが大切だ。企画とは未来をつくること。次、どこに行けばいいか、何をすればいいかは多様性が大事。そこで自分と仕事を切り離さないことが、広告業界で生き残っていく上でも必要ではないだろうか。

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