第39回 クリエイティブ研究会

第39回OAAAクリエイティブ研究会は、2019年10月28日(月)に大阪大学中之島センター10階佐治敬三メモリアルホールにて開催。本年も日本広告業協会との共催でクリエイターオブザイヤー受賞者の複数名に講演いただくこととなった。田辺俊彦氏と井村光明氏ご両名の、全く異なるクリエイティブ作法から編み出されたビッグキャンペーンを見比べることができるこの貴重な機会に、約150名の聴衆が詰めかけ、熱心に話に聞き入っていた。

 

「実験的広告進化論 ver 2019」

講師:クリエイター・オブ・ザ・イヤー 株式会社電通 グローバル・クリエーティブディレクター

田辺 俊彦氏

 

僕は師匠がいなかったせいもあり、実験をしながら自分なりのやり方を習得してきた。今日はどのようなプロセスで広告を制作してきたかを最近の4つのケースからお伝えしようと思う。

  • オートクチュールな広告をつくる実験

トヨタさんからパラリンピアンを応援する広告のオリエンが来た時、最後のロゴを差し替えればどこの企業でも成立する、ありがちな広告だけはやめましょうとご提案した。トヨタは全世界でアスリートやパラリンピアンをサポートしているので、その活動を3〜4ヶ月かけて洗い出してネタを発掘。「Para Tech/Andrea Eskau」が出来上がった。

パラリンピックで多数の金メダルを獲得しているアンドレア。そのそりを製作していたのがドイツ・トヨタの技術者ロジャー(彼自身も障害者)だった。アンドレアは49歳になる東京五輪でもハンドバイクで金メダルを狙っていて、この2人とプロジェクトを立ち上げればトヨタにしかできない応援ストーリーができると考えた。エンジニアチームが立ち上がり、競技用のハンドバイクを製作する模様を広告にした。<プロジェクトのムービー・CMの紹介>

トヨタが車ではなく競技用のハンドバイクを作っているという、誰も知らないFactをシンプルに伝えることに特化した。オートクチュールな広告というのは、他では真似できないその企業の中にあるもの・実態をきちんと広告にしていくことだ。そこに強いFactがなければ今回のように時間をかけてストーリーにしてシンプルに広告にしていく。

Factというのは探せば意外とある。「バーミキュラ」の事例を紹介すると、単純に高級炊飯器として売り出すには競合もあって難しい。そこで社長からひたすらヒアリングさせてもらい、独自のFactをそのまま広告にした。

例えばモデルチェンジはしないという話が次のような広告に。CM紹介:「10年後もきっと同じ炊飯器を作っています。これより美味しく炊けるものを作れる自信がありません」。量産しないという姿勢は「完成までに時間がかかります。お待たせしてしまう場合もあります。その分一生ご飯を美味しくします」というコピーに。「敵対し合う民族が互いに一旦武器を置き、この炊きたてのご飯を食べたなら、ふとそんなことを想像しました」。これは当時北朝鮮のテポドン騒ぎがあり、「毎日おいしいご飯を食べていたら、戦争する気なんてなくなると思う」と発言された言葉からいただいた。

企業の中にはものづくりの考え方やビジョンなどに注目すべきところが必ずあるので、それをつぶさに探していく。また社長やトップの人達と話す環境にどう身を置くかも大切だ。

 

  • 言いたいことを言ってもらう実験

見た人の言いたいことを最大化するという実験を試みたのがDOCOMO25周年のキャンペーンだ。同じく25周年だった安室奈美恵さんとDOCOMOの歩みをシンクロさせるというもの。ファンの方と話すと「アムロちゃんは変わらない」というのが共通した見解だった。自分も時代も変わったけれど、これからも変わらないアムロちゃんでいて欲しい。みんなの希望をメッセージの真ん中に据えた時、25年の軌跡を現在の本人が渋谷を舞台に演じ直すという企画ができた。

今の安室さんがやるから感動を呼ぶので、フッテージを一切使わなかった。当時のスタッフをすべて招集することを条件に安室さんからOKをもらったのだが、そこからが大変だった(笑)。3面のスクリーン映像の他に、109の広告(シリンダー)でデビュー当時のスタイリングを再現。1992・2000・2010・2017年バージョンを作った。企業側ではなく、ファンが言いたいことを気持ちよく言わせてあげられるか。ここに全力を尽くすことで良い結果を得られた。

 

  • 広告を最後まで作らない実験

広告を作らないで効くならそれもありだと思っている。例えばレッドブルのライブ事業刷新プロジェクト「Red Bull Music Festival」は、フェスの広告よりも、フェスそのものを企画することに意義があると考えた。レッドブルはサブカルチャー的な立ち位置なので、サマソニのようなビッグフェスティバルのアンチテーゼという考え方。より小さく、より自由に、場所やレーベルなどいろんな制約から音楽を開放するというコンセプトで企画した。山手線の全車両を会場にして、前代未聞のライブパフォーマンスを実施。科学博物館やカラオケボックスなどでもライブを行った。こうした「コト」を先に作ると広告は極限までシンプルになる。グラフィックやOOHも広告枠ではないメディアを開発。渋谷の街は良いプラットフォームで、個人商店の壁とかシャッターなどを自由に活用させてもらった。

 

  • 全人類に向けた広告を考える

2016年トヨタは、自動車会社からモビリティカンパニーへパラダイムシフトすることを宣言。これを全世界に最も効率的に発信していくためオリパラのトップスポンサーになった。「Start your impossible」というスローガンの下、人間の「動く意思」を祝福するというキャンペーンをワールドワイドに展開した。ターゲットは全人類。狭いカルチャーやインサイトをどれだけシャープに作るかに主眼を置いてきた自分には、ド普遍的な価値を新しく描くことは非常に難しかった。親が子どもを愛するとか、逆境から這い上がるとか普遍的なストーリーは限られていて、これらをいかに普通にならないように作るかが課題だった。

フィルムはスーパーボウルでもオンエアし、アメリカで高い評価を得た。デジタルでは視力が3%しかないスキー選手の視界を可視化してインスタグラムで紹介。カンヌのゴールドもいただいた。僕はドキュメンタリーがリアルである必要は全然ないと思っている。本人からのヒアリングを元に、広告と同様細かいスクリプトや演出、アートディレクションにこだわって撮影する。

このように実験的に広告制作に取り組んで来たが、毎回小さなことでも誰かがまだやってなさそうなことを実験してみると、新しい結果が作れるのではないかと思っている。

 

 

CMを考える時に考えていること

講師:クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト 株式会社博報堂 第3クリエイティブ局 クリエイティブディレクター 

井村 光明氏

 

あえて大人の世界を描いた「さけるグミ」

約30年間CMを作ってきて断言できるのは「面白いことはめったに思いつかない」ということ。コツなんて見つからないし、むしろ経験を積むほどますます辛くなる。逆に面白くなさそうなポイントだけはわかってくるので、たくさん案を考えて面白くなさそうなものをコツコツ省いていくのが僕のやり方だ。今の若い人は、コツは欲しがるがコツコツは嫌う。しかしコツコツ排除していくことによって信じられるものに辿り着くと思う。

UHA味覚糖「さけるグミ」は自主プレとして営業から持ち込まれた仕事。裂いて食べるという特徴が独特なので当初は簡単にCMを作れると思ったが、実際企画を考えてみると難しかった。<初期のCM紹介>

「裂ける」ことをテーマにするとどうしても子どもっぽく見えてしまう。幼稚に見えすぎると子どもも興味を持たないし、大人はもちろん手に取らない。裂ける特徴は見ればわかるので、あえて大人の世界で描いてみた。だからといって不倫やキャバクラが相応しいとも思えないが(笑)。半ば実現しないと思って提案したので、クライアントさんからOKをもらった時は「え、いいんですか!?」と思わず聞き返してしまった(笑)。

すると意外にも商品が売れ、翌年も「シリーズ継続でお願いします」と言われてさらに驚いた(笑)。嬉しくていろんな案を考えたが、僕やクライアントさんが一年前のCMを「社長シリーズ」と呼んでいることが内輪ウケしているようで気になった。前年のCMは有名なタレントも出ておらず出稿量も少なかった。視聴者は覚えておらず、シリーズと思うはずはない。こんな時は絶対失敗すると感じた。<続編のCM紹介>

たくさん企画を考えたがオンエアできるのは2本のみ。どの2本を選んでも前年を上回る気がしなかった。ならば少なくとも続編だとわからせるために、去年のCMも利用して連続ドラマにしてみることを提案。30秒のムービー12本をWEBでストーリー展開することにした。するとTVの出稿量は少なかったが、WEBムービーでかつてない視聴回数を記録。3年目の仕事もいただくことになった。

 

さけるグミVSなが〜い、さけるグミ

翌年全長40cmの「なが〜いさけるグミ」という新商品が登場。さらにニッチな商品だったが、クライアントさんからのリクエストは「今度はメジャーなCMを作ってください」(笑)。メジャーにするためには、制作費かタレントか出稿量か、何かしらお金をかけるしかない。最も効率的なのがタレント起用だと考えたものの実現せず、他にやり方はないかと考えた。

この商品は長いとか新発売とか説明をすればするほどニッチに見える。細かい説明や表現を省くことでメジャー感に近づくように思った。既存商品と五分五分で扱ってほしいという要望もあり、「さけるグミVSなが〜い、さけるグミ」というフレーズで終わるCMを考えてみた。前年好評だったWEBムービーでの展開も継続した。<CM紹介>

編集段階では地味だと思ったが、意外にもWEBムービーは視聴回数が前年を上回り、続編を作ることになった。<続編のCM紹介> 最初からこの結末を考えていたわけではなかったが、「さけるグミ」と「なが〜いさけるグミ」は形状があまりに違うため売り場で離れ離れに置かれているのを見るにつけ、2つをくっつけてやりたいと考えるようになった。最初から結末まで考えていたらこうはなっていなかった気がする。5話で一旦終え、販売状況を見たことで作れたように思う。

 

オリジナリティは自分の中にはない

さらに海外からも反響があった。<海外版のCM紹介> なぜか海外のバイヤーから「さけるグミ」を販売したいという要望が来るようになったので、なぜ海外の人が知っているのか調べたところ、CMが勝手に翻訳されてユーチューブで話題になっていた。結果的に海外での発売につながってよかったのだが、これもやはり最初から「海外でもバズるムービーを作るぞ」と意気込んでいたら、既成概念に囚われてこうはなっていなかったと思う。「メジャーなCMを」と無茶振りされた結果にすぎない。成功事例の真似ではなく、ちょっと無理な仮説を立ててみることも大事だと思う。結果このCMがメジャーになったとは思わないけど、他とは違うオリジナリティは出せたのではないか。オリジナリティとは自分の中にあるものを発揮することではなく、他と似ている部分をどんどん排除していくことだと思う。

 

「さけるグミ」のシズルとは?

 そして4年目の今年は「お任せします」と言っていただいた。ところが今度は全く企画が出ない。というのも前作が国内外で賞を受賞したため、前作より面白いものを作れるかプレッシャーを感じてしまったから。こういう時は頑張れば頑張るほど確実にスベる。メンタルを崩したこともあり、面白くなくてもいい、普通に作ってみようと企画したのが現在のシリーズだ。<CM紹介>

普通のCMとは業界で言うシズル広告だと考えた。が、食べるシーン、裂くシーンも既に描いている。では売り場を見せようと考えたとき、コンビニより駄菓子屋が相応しいと思った。そもそもこの商品を購入する理由は「なんか面白いかなあと思って」という気分。「なが〜いさけるグミ」は「さけるグミ」を切らずにそのまま商品にしただけでもある。そんな良い意味でのゆるさがこの商品のシズルなのだと思った。マーケティングやPOSデータで管理されている今の世の中には無い自由さ、「さけるグミ」が映えるのは屋台ではないかと作ったのが最近作。

とまとめると尤もらしいけれど、元々はプレッシャーから逃れようとした経緯の結果である。つまり、成功事例からきれいにまとめられたナレッジを共有しようとしがちだが、実はアイデアの本当の原因は理屈とは違った所にあり、ほとんどのナレッジには再現性が無いように思う。僕の場合「これは滑るぞ」と察知することが発想の原因になっている。成功のコツは掴めていないが、経験を積み重ねると失敗のポイントはわかるようになる。問題点をはっきりさせてそれを排除する具体的な対策を考えること。それをアイデアと呼ぶのではないかと僕は考えている。

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