第10回人権セミナー
第10回目を迎えるOAAA人権セミナーは、新型コロナ対策のため協会としてははじめてオンラインセミナーの形をとって2020年12月3日(木)に開催した。今回のテーマは、近年デマやフェイク・ニュースが飛び交い、どれが本当の情報で、どれが嘘の情報なのか分からない異常なメディアの状況に対し、何が原因となってそのようなゆがんだメディアが広がっていくのかについて、近畿大学の北口末広様からご講演いただいた。米大統領選もあって旬なテーマだけに、昨年を上回る70名の参加登録があった。
ゆがむメディアと人権
―IT革命の進化とフェイク情報の視点で―
講師:近畿大学 人権問題研究所
主任教授 北口 末広 氏
Ⅰ 個人情報の蒐集と情報操作
1.IT革命によって不祥事が致命的な打撃に
2018年に起きたコインチェック事件では、たった1通のサイバー攻撃によって580億円が盗まれた。ネット上での犯罪は国際化され、お金=情報となり、リスクも国際化、迅速化、巨大化、多様化している。ベネッセコーポレーションの個人情報漏洩事件をはじめ、神奈川県庁のHDD流出事件では県庁のみならず企業や裁判所を含めた約8000個ものデバイスがネットオークションで転売され、その内約4000個(世界一の規模)は記憶容量を含むものであった。また世間を震撼させた「あおり運転事件」では、同乗者に間違われた女性の顔写真と実名が勝手にアップされ、これを信じてリツイートした人はなんと10万人。フェイクがフェイクを生み出す悪循環に陥った。
2.多くの個人データ蒐集とマイクロターゲット広告
IT革命の進化によりセンサーが爆発的に増加し、ビッグデータの量は桁違いに。IOTにより無数の機器からも膨大な情報が蒐集されている。一方でスマホやPCでのデジタル活動はすべて蓄積されており、それらの個人情報に社会心理学的な知見を加えると、AIによっていろんなことがわかってくる。こうしてターゲットを詳細に分析し、異なる広告を個々人に送るのがマイクロターゲット広告だ。2016年の米大統領選挙ではトランプ陣営がこの広告を1日4〜5万種類も作っていた。つまりマイクロターゲット広告は、政治・経済・社会に重大な影響を与え、世論状況や差別意識まで一定程度把握することが可能なのだ。
2016〜2025年でデータ量は約10倍に。全個人データの43%はSNSからの情報である。データの飛躍的増加がAIの進化につながり、犯罪も多発。しかし日本はサイバーセキュリティにおいて先進国の中で最も遅れている国だ。
ネット検索こそ利用者の個人データを最も顕著に表すが、その事実はあまり知られていない。人間は簡単に誘導され、デジタル情報にハイジャックされやすい(ブレインハッキング)。ケンブリッジ大学心理センターによると、個人の「いいね」ボタン68個を分析すれば、ある程度その人のプロフィールを明らかにできると指摘されている。より精緻なマイクロターゲット広告時代へと移行しており、今回の米・大統領選でも多用された。
FBでアカウントを作成するとトラッキングクッキーが挿入され、提供されたデータ(年齢・居住地・位置情報・嗜好分析等)を活用し、特定のユーザーに広告をフィットさせる。このため特定個人が好むニュースが提供(広告の収益は閲覧回数に比例)され、集団極性化現象を引き起こす。これが思想傾向や価値観がより一層過激化する「フィルターバブル」で、情報流通の在り方が変わったことによりさらに偏見や予断が確信的なものに変化している。
3.IT革命の進化でディープフェイクが登場
ウェブニュースサイトには多数のフェイクニュースが混在しているが、見分けるのは難しく、面白いフェイクニュースほど拡散されやすい。私もオバマ前大統領がトランプを口汚く罵るフェイク動画を見た時は衝撃を受けた。しかしこれは高精度の映像技術等を駆使して作られた虚偽情報「ディープフェイク」だった。これらが政治や戦争・ビジネスで多用されていくと、社会は間違いなく危険な方向に進む。
ディープフェイクが増大する一方、ファクトチェックは追いついていない。フェイクニュースの拡散力は100倍、拡散速度は20倍とされ、真実が伝わる前にデマ情報が圧倒的な影響を与える。だからマスメディアは、情報を精査して届けるという役割を期待されている。
Ⅱフェイク情報と情報リテラシー教育の重要性
1.FBの情報流出とターゲット広告
「ケンブリッジ・アナリティカ事件」では、イギリスのEU離脱の国民投票とトランプ大統領選において大量の個人情報が乱用された。FBから違法に蒐集したデータを利用し、マイクロターゲット政治広告がなされていた。その後、個人情報の保護や管理の在り方等が世界的に問われ、EUではGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)が施行された。以前からFBの収益構造は個人データを利用した広告錬金術だと批判されていた。
2.フェイク情報の拡散に悪用されるSNS
SNS上では情報が短時間で拡散する中、偽ニュース、偽ボタン、偽フォロアーが蔓延。何が真実かを判断することは難しい。「嘘も100回言えば本当になる」というナチスの言葉があるが、常態化するとフェイクに対する罪悪感が薄れ、ユーザー側も慣れてしまう。SNSを駆使して各種選挙に勝利できるような状況はまさに民主主義の脅威である。
3.予断や偏見はフェイクを広める触媒に
私達はデマとフェイク情報が差別を拡散した歴史を忘れてはならない。フェイクと独裁は表裏一体で、民主主義と正確な情報も表裏一体だ。予断や偏見はフェイクを広げる触媒である。SNS上では同じような属性の人がコミュニティでつながり(ホモフィリー:同類性)、偏見に迎合する形で情報が歪曲されて瞬く間に反響するように広がっていく(エコーチェンバー:反響性)。これらがフィルターバブルといわれている個々人の好みに合致した情報をバブルのように送付する情報伝達手法と結びつき、社会や個人に大きな悪影響を与えている。
4.AIが日常会話から学ぶ時代になっている
ボットは電子空間上の会話から学び、それをビッグデータとして蓄積しているが、差別的な集団から学んだAIは差別的な会話を学ぶ。つまり差別的AIが生身の人間を、ネット空間を通して差別的な人間にするのだ。
5.ネット時代をふまえた情報リテラシー教育の重要性
人権教育であれビジネス教育であれ、最も大切なのは情報リテラシー教育であるが、日本ではほとんど行われていない。日本は識字率こそ高いが読解力は高くない。フェイクニュースや世論操作に対する耐性も高くなく、ディープフェイクに対する耐性はほとんどない。フェイクニュースに操られる人々が犯罪を犯す事態が進行している。
私達は日々さまざまな情報に囲まれているが、そこには何らかの情報操作がある。多くの人にはその正否を知る術はなく、SNSの情報はほとんど真偽も精査されていない。またフェイク情報と人権侵害・差別発言は一体化しており、これらに翻弄される人々を如何に守るかが課題だ。特に広告やメディアで働く皆さんにとっては、メディア・リテラシーと共に情報リテラシー教育が極めて重要であることを認識いただきたい。
※メディア・リテラシー:メディアが形作る「現実」を批判的に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力のこと。
<情報リテラシーチェック> |
①異なる意見に触れる |
②自分のバイアスを知る |
③情報の真否を確認する |
④信じている情報で社会はどうなるかを考える |
⑤情報の発信元と情報源を確かめ情報媒体を精査する |
⑥レッテル貼り(ネームコーリング)が行われていないかを精査する |
⑦情報の狙いを精査する |
⑧情報の5WIHを確かめる(部分的な情報でないか) |
⑨悪質な「証言利用」が行われていないかを精査する |
⑩情報が広告なのか報道なのか等の種類を正確に知る |
⑪偏見・予断等に迎合していないかを精査する |
⑫バンドワゴンに騙されない(多くの人が信じている)ことに迎合しない |
⑬掲載データを精査する |