第36回 クリエイティブ研究会
2016年10月24日(月)、電通ホールにて、第36回OAAAクリエイティブ研究会が開催された。「こうなったらいいな」というコミュニケーション・ゴールを設定することで、こころを動かすクリエイティブが生まれる様を、篠原誠氏がさまざまな映像事例とともに紹介。120名を超える聴衆がその熱弁に聞き入った。
「いま、こころを動かすクリエイティブ」
株式会社電通 第3CRプランニング局
クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー 篠原 誠 氏
企画を面白くする、こうなったらいいなジャンプ
僕はもともとマーケティングが好きだったので、営業志望で電通に入った。ところがあろうことかクリエイティブに配属。当初は全く使いものにならず日々文字校正などの単純作業に徹していた。その時、師匠からかけられた言葉がその後の自分の広告作りの大きな指針になっている。その1つが「あらゆる仕事には意味がある。その意味は自分で作ればいい」だ。文字校正という単純作業でも、これは仕事の工程を知るためのプロセスであると意味づければモチベーションが変わる。例えば石切り場の仕事は石を切って運ぶという単純でしんどい作業だが、その石は橋や建物になって人々に豊かな生活をもたらす。つまりその先をイメージできれば仕事への取り組み方も違ってくる。
仕事に意味を作る、行き先をイメージする、これらは広告を作る時も同じだ。僕は毎回その商品やサービスの「こうなったらいいな」というゴールを自分の中で設定し、そこへジャンプさせるというやり方を行っている。その設定の後、どうやってやるか、媒体や仕掛けを考えるジャンプがあったり、または、What to say(何を言うか)、How to say(どう言うか)を考えるジャンプするタイミングがあったり。そして意外と大事なのが制作時でディテイルを考える先っちょジャンプだ。大きなアイデアが浮かぶとそれで満足しがちだが、そこからさらに追い込んでジャンプする。そのディテイルが作品自体の面白味を作っていることも多い。企画時においても先っちょから考えると発想が広がる。こうした4つのジャンプを優劣や順番など関係なしに試みて、あらゆる方向から考えることにしている。では「こうなったらいいな」の設定と共に僕が制作したCMを具体的に紹介しよう。
〇森永製菓 カレ・ド・ショコラ・・・「みんなが知っている」に設定。クライアントからはハーゲンダッツのようなCMという要望があったが、まず認知度を高めることが必要だと思い、長尺のウェブ動画に誘導することを思いついた。当時まだYouTubeなどない時代だったのでリーチが難しかったが、「こうなったらいいなジャンプ」がなければ、ただのきれいなCMを作って終わっていたと思う。
〇ライオン企業CM・・・「実は面白い会社」に設定。洗剤や歯ブラシなど消費財は差別化を図りにくい。面白い会社だと思ってもらうことで少しでも若いターゲットに親近感を与えたかった。
〇キリンビール のどこし〈生〉・・・商品そのものから幸せを感じて欲しいと考え「多幸感を感じる」に設定、イベントを中心に展開した。一般の方から夢を募集して、その夢を実現する様子をCMにした。
〇パイロット アクロボールなどの各CM・・・商品広告兼企業イメージが伝わる企業広告として、こうなったらいいな、は「(パイロットを)無口だけど頭が良くて面白い奴」に設定した。頭の良さを見せるため、どの広告も商品機能がど真ん中にある。さらに一つのナレーションを決める時でも、たくさんのコピー案から厳選。ディテイルを詰める先っちょジャンプが鍵となり、それが面白くするチャンスにもなっている。
〇家庭教師のトライ・ハイジシリーズ・・・「勉強するならトライと」に設定。トライと一緒にというニュアンスが親近感を与え、メジャー感の創出にもつながると考えた。
〇富士フイルム・シャッフルプリント・・・スマホの写真をもっとプリントしてもらいたいというオリエンに対し、「スマホの写真って結構使える」と思ってもらえたらいいなと考えた。手軽なサプライズ「写プライズしよう」のキャンペーンを展開。
新生auのサービス広告・三太郎シリーズ誕生
国内の3つのキャリアの中で、auだけカラーが見えにくかったので、確固たるイメージが沸くものにしたかった。そこで愛着を持てるよう「オモかわいい奴」と思われることを狙った。大衆に支持される、聴く人との距離が近いセリフ重視のラジオCMのようなTV-CMを目指した。当初ブランド広告として提案していたが、サービス広告として起用されることになり、サービス内容にまつわる会話劇からタグラインへ落とすというパターンで、2015年の正月からオンエアが始まった。
このシリーズで大切にしているのは意外性と期待感。2015年1年間で29本制作したが、1つのCMで3000GRPぐらい流れるのでストーリー展開ができ、次への期待感を高められる。伏線を仕込んでいけるのもミソ。例えば一寸法師も秘密裏に画面で小さく登場させた。後になってYouTubeで確認してもらえることも想定しての企画だった。わずか3ヶ月でバレてしまったが(笑)。いつもの会話劇の合間にエモーショナルな変化球を投入したのが、浦島太郎の「海の声」篇や「みんながみんな英雄」篇などだ。
アイデアは浮かぶものではなく作るもの
「こうなったらいいな」の設定があると自分の中でディレクションができる。たくさんの企画を作って「選ぶ」ということがクリエイティブディレクションだと考えているので、選ぶ指針が「こうなったらいいな」なんだと思う。面白くても「こうなったらいいな」を達成しなければ採用しない。こうなったらいいなジャンプ以外のジャンプに優劣や順番がないのは、正解の隣に大正解が隠れていることもあるからだ。だからいろんな角度から考えて数多くの案を出し、こうなったらいいなに最も相応しい上位のものをプレゼンするというやり方をとっている。
よく「アイデアってどうやって浮かんでくるんですか?」と聞かれるが、アイデアは浮かぶものではなく作るもの。だからアイデアはただひたすら考えるしかない。それが広告を作ることのサービスだと思っている。アイデアが出ないと僕もいろんな発想法を試してひねり出しているが、そのように泥臭く考えて作っていくもの。僕の場合は。
最後に70歳を過ぎて大学で勉強を始めた、あるアメリカ人女性の言葉を紹介したい。「長く生きてきて、やらなくて後悔したことはあっても、やって後悔したことはひとつもない」。やはり「やってみる」ことに尽きると思う。次の映像は、クロールで25m泳げるようになりたいという75歳のおばあちゃんを追ったアクエリアスのドキュメントCM。撮影では、おばあちゃんのチャレンジする精神にも心打たれたが、たとえ「立ち止まっても、もう一度歩み出せばいいんだ」ということに気づかされ勇気をもらった。