第37回 クリエイティブ研究会

第37回OAAAクリエイティブ研究会は、2017年10月25日(水)に大阪大学中之島センター10階佐治敬三メモリアルホールで、115名が参加して開催。本年度より、日本広告業協会との共催とすることにより、クリエイターオブザイヤー受賞者を複数名招聘することが可能となった。菅野薫氏、栗林和明氏の両名によるテクノロジーを駆使し、従来の広告スタイルを軽々と超えていくエキサイティングな内容に、受講者一同、新たな啓発を受ける場となった。

第1部 「難題を面白くして、世の中に出すのが広告の仕事だ。」

電通CDC / Dentsu Lab Tokyoエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター

菅野 薫氏

テクノロジーで課題を解決

僕はクリエーティブ・テクノロジストという肩書きの通り、デジタルテクノロジーを表現の得意技としてクライアントの課題解決や要望に応えている。2011年から2014年には、本田技研工業さんと「Sound of Honda」やApple Appstoreの2013年ベストアプリに選ばれた「RoadMovies」といったエンターテイメントアプリなんかを開発。その派生プロジェクトである「Sound of Honda / AyrtonSenna1989」では、1989年にアイルトン・セナの残した走行データから、24年前のエンジン音を鈴鹿サーキットで再現した。2014年5月31日の国立競技場ファイナルイベントの際には、セレモニー最後の演出を担当。また太田雄貴選手と協力し、フェンシング競技をわかりやすく見せるために剣先の軌跡と剣が刺さった瞬間を可視化するシステムを開発した。これは東京2020大会の招致プレゼンでも紹介されている。

 エンターテイメントの領域ではPerfumeの仕事をお手伝いさせていただいている。一番最初が、2013年のカンヌライオンズでプロジェクションマッピングを使ったパフォーマンス。2015年には、SXSWのライブ「Perfume Live STORY」では実写映像とバーチャル映像が入れ替わる映像で話題を集めた。Björkのミュージックビデオやライブパフォーマンスや、Brian Enoのミュージックビデオのプロジェクトなども手がけてきた。

リオ2016オリンピック・パラリンピック閉会式旗引き継ぎ式

 昨年はリオ2016大会閉会式で行われた、次回大会開催都市への旗引き継ぎ式「Flag hand over ceremony」にクリエイティブ・ディレクターとして参加。220の国と地域に生中継、およそ20億人というとてつもない数の視聴者が対象だ。

 プランニングメンバーはクリエイティブスーパーバイザーの佐々木宏さんと、音楽監督を兼ねている椎名林檎さん、総合演出と振り付けでMIKIKOさん、そしてクリエイティブディレクターとして僕が参加。広告クリエイターとアーティスト混成の、普通の仕事では実現し得ないメンバーで、週に何度も、長時間の打ち合わせを重ねて企画を作り上げていった。制作チームにも、映像に児玉裕一さん、テクノロジーパートに真鍋大度さん、石橋素さん、コピーライターに太田恵美さん、アートディレクターに浜辺明弘さん、などなど錚々たるクリエイターが加わり、各パートにプロデューサーがついてプロデューサー同士が連携しながら進めていった。

 最初はみんな規模の大きな仕事に構えた部分もあり、喧々諤々だったが、「皆さんが普段やっていることは十分に誇らしい。通常運転で」という椎名さんの言葉でみんなの力みがとれたように思う。佐々木さんからは、一番最初に「何があっても自分が絶対実現したいアイディアを持とう」というディレクションがあったのが印象的だった。

 本番の会場は前日までサッカーの決勝をやっているので、会場でのリハーサルはできないと予め伝えられていた。だからフィールドにプロジェクションした映像と合わせてダンスする様子を肉眼で見たのは本番が初めて。リハーサルの代わりにプロジェクションの映像とフレームの光をプログラミングするソフトを作りシミュレーションできるようにした。

 僕が是非実現したかったのは演出の中にAR(拡張現実)を入れることだ。マラカナンスタジアム自体を3Dスキャンした映像、東京2020大会で行われる33の競技のモーションキャプチャデータの映像化をAR合成した。

 こうして演出を緻密に作っていたにも関わらず、当日はまさかの雨と暴風。マラカナン地区も停電になった。全てが想定していた理想の通りに放送されたわけではなかったが、結果として世界からも高い評判をもらい、日本でもメディアに“奇跡の8分間”と紹介されるなど、夢にも思わなかった。

難題を解決するときほど、仕事は面白くなる

 今までの僕の仕事の経験では、企画段階で「これはムリだろう」と思われていた、実現への難易度が高かったものほど、良い結果をもたらしてきた。実現するためのわずかな可能性にかけて関わる全員が150%の脳みそを使って取り組んでいるからなのではないかと思っている。よく若い人から「面白そうな仕事をどうやって得ているんですか?」と聞かれるが、決して面白い仕事が与えられているわけではない。課題が与えられた時「難しいけれど、こんなに面白くできるのは自分しかいない」といって正面から向き合うのが僕らの仕事で、そう思える人がこの仕事に向いていると思う。最初から面白い仕事がもらえると思っている人はずっと良くならないと思う。

 僕ら広告業界の人間が培ってきた能力は、クライアント、社会のために、多くの人のために機能する表現をうみだす技術。機能するコミュニケーションを作るという技術は広告に限らず、もっといろんな所に役立つと思う。そういう仕事を通して世の中に影響を与えることもできるのだと信じている。

 

 

第2部「バズるか、死ぬか」

TBWA HAKUHODO Digital Arts Network Tokyo・Buzz Machine

栗林 和明氏

 メディアはもともと声が原点だ。そこから文字が生まれ、紙媒体やTVなどのメディアができ、現在はソーシャルメディアが台頭。再び「人」が拡張されて原点回帰している。TVがど真ん中の時代はCMプランナーが必要とされていたように、SNSがど真ん中の時代にはバズることを最大活用できる人が求められている。そんな人を目指し、自ら「バズマシーン」と名付けてバズの精度を高めるさまざまな施策を打ち出している。

75%のバズを起こすためのステップ

 バズにはレベルがあって、米大統領選やポケモンゴーなどが世界レベルのバズ。その下にPPAPやラ・ラ・ランドなど世界的社会現象、「君の名は」や「欅坂46など」などの日本の社会的現象、その下にネット上の話題がくる。瞬発的な話題の高さとターゲットの広さ、話題の長さという指標があり、そのかけ算が大きいほどバズは大きい。数千万単位のバズを前提に、75%のバズを起こすためのステップについて話そう。

Step1:何がすべるか

 まずは何をすればすべるかを見抜くこと。例えば今流行っているのが箱の中身を当てる「What’s in the box?」。最近人気のレシピ動画「Tasty」は、メニューによっては1.5億再生されているものもあるが、この企画を誰がバズると予測できただろうか。それほど、バズの予測は難しい。とにかくコンテンツのデータ(再生数やシェア数)を見て、傾向を掴んでいくしかない。再生回数を隠し、映像だけを見て予測する。これを繰り返していくとコンテンツの面白さと世の中の広がり方がだんだん一致していく。

 バズのツボにはUniversal(普遍)、Discussion(議論)、Wow(予想外な展開)、Insight(共感・納得)、1st Catch(冒頭誘引)、1word(一言)という6つの原則と、80の切り口がある。一方非バズのツボはフィクション、長尺、ストーリーもので、広告業界でつくられがちなものが多い。また媒体毎にシェアされるコンテンツも違う。Twitter はライトな動画が多いが、FBはパブリックな動画がシェアされやすい。YouTubeは検索されるかどうか、関連動画で誘引できるかどうかがポイントで、インスタはセンスを磨く動画。見た人の100人に1人がシェアしてくれたら伸びる可能性がある。

Step2:テッパン要素を体得する

 確率を高めるためには、テッパン要素を把握することだ。シェアされている動画を保存して、とにかく一覧化することで、テッパン要素が何なのかが炙り上がってくる。その要素を深掘ることで、人がなぜシェアするのかという構造も自ずと見えてくる。シェアの根底にあるのは「承認欲求」だが、その欲求の満たし方も細分化できる。シェアされる時の壁を乗り越えて「欲」を刺激し、シェアしやすくなる伝達形式を選択することが必要だ。

参照 https://www.advertimes.com/20161228/article241604/

Step3:修行しかない

 テッパン要素を捉えるだけでは、ひしめく競合コンテンツに勝つことは難しい。どうやって勝ち抜くか、それはもう結局のところ、企画のシナプスを鍛えるしかない。

Lyrical schoolのMVの紹介:アイドルのメジャーデビューを話題化するため、これまでにない面白い縦型MVを企画した。全部スマホで撮っているので誰でもが再現可能。さまざまなアプリケーションを活用し、メンバー6人がスマホをジャックしたように仕立てた。企画段階で、6つの原則をクリアしていることを(頭の中で)確認し、80の切り口にあるような要素を活用し、さらなる拡散を狙った。

日産「Parking Chair」の紹介:「INTETIGENT PARKING CHAIR」の技術を紹介するにあたり、クルマに興味のない人にも見てもらえるよう日常の「かたづけ」と組み合わせた。ユーザーUP風動画でありながら、要所要所にブランドの技術力を示す高品質な映像を組み合わせることで結果的にそのイメージを印象付けられた。ただ、日ごろ動画を作っていてわかったことは、広告っぽいタイトルを入れるととたんに離脱する人が出てくるということ。音を聞いている人も15%ぐらいしかいないということ。

 「すべる」を数字感覚で見抜き、テッパンを把握した上で企画の脳を鍛えていくとバズの確率は上がる。

これから迎える2つの転換点

 バズを作る上で、これから大きく2つの転換点を迎えると思う。1つはバズの主戦場は開発領域へ向かうだろう。バズには直接売りに結びつくものと、イメージアップになっても売りに結びつかないものがある。商品の魅力に根付いたものは話題になるし売れるので、僕達が商品開発にいかに踏み込んでいくかが課題になると思う。

 もう1つはデータによる進化。まだ僕らはソーシャルを活用しきれていない。日産の「猫バンバン」は、世の中のニュースを取り入れてすぐに試作し、反応が良かったので大きいプロジェクトにしていった例。ハーゲンダッツの「ハーゲンハート」も、ネット上で話題になっていたことに沿う形で、その楽しみ方を広げることで爆発的に広がった。これまでのようにブリーフィング→戦略→制作といった長い過程があっては、世の中の流動的なニュースに追いつけない。世の中のインサイトを見つけ、1枚のブリーフで要件をシェアしてアイデアを出し合って検証する。この循環を早くすることでバズの可能性も広がる。例えば“〜不足”、“〜離れ”などの共起語でつぶやかれている内容は今すぐ解決が求められている問題が多い。日々のニュースからそうした問題を糸口にしていくと、社会解決型のクリエイティブにつながっていくと思う。

 6つのバズの原則以外に、本当に話題になる条件に「一線を越える」がある。「うんこドリル」「不気味の谷を越えたCG女子高生Saya」などがその例で、共通するのはこれまでの常識を打ち破っていること。バズと炎上の境目にあって、炎上している/していないものがある。炎上してないもの=ユーモア、ピュア、肯定的、リスペクト、道徳的。炎上しているもの=シニカル、ビジネスライク、否定的、軽蔑といった違いが挙げられる。

 バズは僕にとって魔法のツールだ。お金や権力がなくても、アイデアがあればスマホ1台で74億人に声を届けられるかもしれない。そんな魔法を突き詰めた先に、何が待っているのか。今後もさらに追求していきたいと思っている。

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