第15回 OAAA人権セミナー

第15回目を迎えるOAAA人権セミナーは、昨年同様にオンラインセミナーの形をとって2025年12月8日(月)に開催した。今回のテーマは、「ネットと人権問題 ~加害者にも被害者にもならないために~」。
SNSは、私たちの日常や広告コミュニケーションにおいて欠かせない存在となっており、便利で有益なツールである一方で、不確かな情報の拡散、個人情報の流出、さらには誹謗中傷や差別の助長といった深刻なリスクも孕んでいる。“加害者にも被害者にもならない”ための必要な注意や視点について大阪大学大学院 人間科学研究科教授の辻大介様にご講演頂いた。広告業務においても SNS をプロモーションに組み込むことが一般的となってきている現在であり、前回を上回る75名の参加登録があった。
テーマ/ 「ネットと人権問題 〜加害者にも被害者にもならないために〜」
講師 / 辻 大介(つじ だいすけ) 氏 (大阪大学大学院 人間科学研究科 教授)
1. ネット・SNSにおける人権問題の諸事例
<セクストーション>
インターネット上の人権侵犯事件は高水準で推移しており、より多様化している。そのいくつかの事例を紹介していこう。まず挙げられるのが「セクストーション(性的脅迫)」だ。2012年に起きたカナダ人少女の事件では、ネット上でわいせつな画像をばらまかれ、執拗に脅された末、自死に追い込まれた。この悲劇は当時世界中に衝撃を与えたが、日本でも近年被害事例が目立ち始めている。こうしたネットを介した嫌がらせや攻撃は転居してもあっさり距離を越えて継続し、逃げ道がない。
<ネットバッシング、ネットリンチ>
お笑い芸人のスマイリーキクチさんは、ある日突然2ちゃんねるで凶悪事件の殺人犯の1人にされ、約10年間ネットリンチと戦うことを余儀なくされた。当時は法も未整備で捜査は中止に。ネット上の書き込みは残るので、その後も時限爆弾のように影響を及ぼし続けた。加害者の年代は幅広く、個人的な不遇感が誹謗中傷の動機づけとなっていた。また、ネットでは同様の意見が多数存在すると錯覚して「自分は正しい」という確信が強化され、誤った情報が信じ込まれやすくなる点も問題だ。
<フェイクニュース>
「フェイクニュース」という言葉が注目されたのは、2016年のアメリカ大統領選である。ローマ法王がトランプ支持を表明、クリントンが児童買春組織の黒幕…といった荒唐無稽なフェイクニュースが大量に拡散され、選挙結果に大きな影響を与えたとされている。日本の最近の事例では、女川町でクマの注意喚起を促す投稿に誤ってAI生成のフェイク画像が用いられ、SNS上で混乱を招いた。
民族差別的なデマも拡散されやすい。ネット上でヘイトスピーチや差別的デモの動画を目にした人が新たに関心をもち、活動に加わっていく。個人的な不遇感や孤立感が、民族的・性的マイノリティへの憎悪と結びつき、犯罪へと発展するケースも現れている。「在日特権」という言葉は、何度も否定されてきたにもかかわらず、現在も繰り返し流布されている典型的なデマである。
<晒し差別>
被差別部落地域の場所を特定し、インターネット上で公開し拡散する「晒し差別」も増加している。加えてAIが生成するハルシネーション(もっともらしい誤情報)にも注意する必要がある。こうした事実に基づかない誤情報は、発見次第通報していくことが求められる。
2. なぜ問題が生じ、拡がるのか
根本的な問題に、フェイクニュースやヘイトの拡散が金銭目的であることも多い点がある。能登半島地震の際にはインプレッション稼ぎを目的に、無関係な投稿やリプライを繰り返す“インプレゾンビ”が発生。海外からAI生成によって投稿されていたものも多かった。現代のネット空間は、人々の注意や関心をいかに集めるかを価値とする「アテンション・エコノミー」で成り立っている。同じ新聞記事でも紙媒体とネットで見出しが異なるのはそのためだ。
ネット上では対面よりも抑制が効かなくなる「オンライン脱抑制」が生じる。その主な要因は匿名性や不可視性にある。誰からも見られていない、相手の顔が見えない状況では、仕返しを恐れずに攻撃的な発言をしやすくなる。震災時には被災者を冒涜するような過激な書き込みがなされたが、日本には冗談半分で過激な表現を楽しむネット文化が一部で根づいている。
フェイクニュースが事実よりも拡散しやすい理由は、その刺激性や扇動性にある。人は、自分がよく考えることなく当然視していたことを否定する情報に触れると、不意を突かれてしまうような面がある。この「心理的免疫」の欠如により、一定数の人がフェイクニュースを信じてしまう。
また、人は自分の考えを支持する情報ばかりに注目し、反証となる情報を無視しがちだ。これを「確証バイアス」という。ネット空間では先入観に合った情報に繰り返し接しやすく、意見の多さや支持の広がりを錯覚してしまう。トランプ支持に流れた人も、フェイクニュースが支持者の確証バイアスを強化したと考えられる。
スマートフォンのニュースアプリやSNSでは、好みに合った情報だけが表示されるフィルターバブルが形成され、同質的な意見が反響し合うエコーチェンバーが生じる。結果として、異なる意見と接する機会が減り、見えない分断が社会に広がっている。
3. ネット上で人権問題を拡げない
問題への対処を大きく5つに分けてみた。第一に、ネットの「落とし穴」に関する啓発と教育の重要性である。特に中高年の方が偽情報を信用・拡散しやすいので、重点的な働きかけが求められる。
第二に、信頼できる情報源を確認して、確認前に広めないこと。FactCheck Naviや日本ファクトチェックセンターといったサイトもあるが、情報の真偽を検証する取り組みを一層推進する必要がある。
第三に、法的責任の周知と、安易な拡散の抑止である。橋下徹氏や伊藤詩織氏の名誉毀損の事例では、リツイート行為が罪に問われた。災害時であっても、善意からの拡散が誤情報を広める危険性を持つことを認識すべきだ。
第四に、皆さんにとっても重要なのが人権侵害の間接的加担者への通告・働きかけである。以前「保守速報」に企業の広告が出稿されていたことが問題になったが、差別的記事の掲載サイトへのネット広告出稿は、差別への間接的加担になってしまいかねない。問題となって以降は当該サイトへの広告出稿は消えたが、こうした企業の行動は有効な抑止策の一つといえる。
最後に、従来と異なる現代的な差別意識の拡がりも認識しておきたい。 特定の民族に対し、自分たちより劣っているとみなす古典的レイシズムに対し、現代的レイシズムは自分たちが逆差別を被っているという認識に基づく。日本では在日特権デマなどが典型的である。古典的レイシズムに比して、現代的レイシズムは、よりねじれた差別意識で、人権教育・啓発活動の面でも新たな課題といえる。ネットの偽情報が悪質な形で「寝た子を起こす」時代だからこそ、差別の現状と歴史を正しく知り、しっかりと向き合い続けることが改めて重要だと考える。
