第28回 夏期広告セミナー
第28回目を迎えるOAAA夏期広告セミナーは、昨年同様にオンラインセミナーの形をとって2025年8月28日(木)に開催した。今回のセミナーでは、『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 エビデンス思考で見極める「事業成長の分岐点」』 の著者であり、第一線でご活躍中のマーケティングサイエンティスト:芹澤 連 氏に、先行研究を基に、広告を止めると何が起こるのか、そもそも広告は何のために行うのかといった「広告意思決定論」の基礎を解説頂いた。参加者からは、非常にロジカルで分かり易く、目からウロコのお話だったとの称賛が寄せられた。例年以上に多い、約260名もの参加登録があった。
テーマ/ 「広告意思決定論 ―広告を止めると何が起こるのか?」
講師/ 芹澤 連 氏 (日本エビデンスベーストマーケテイング研究機構(EBMI)主幹研究員
/ 株式会社コレクシア コンサルティング事業部 執行役員)
エビデンスベーストマーケティング(EBM)とは?
EBMとは根拠のあるマーケティングで、国や時代、カテゴリーやブランドが異なっても、繰り返し観測される規則性を理解し、マーケティングに生かそうというもの。近年、ミクロの顧客理解(インサイトや価値提案)は100点でも、マクロな広告の役割や4Pのそれぞれの機能などの理解が浅いため、結果として成果を出せていないケースが多い。広告は大きな予算が動く割に、最もエビデンスベースの考え方が浸透していない分野だ。そこで今日は「広告意思決定論」と題して、エビデンスに基づく広告戦略の基本的な考え方についてお話したい。
エビデンスに学ぶ広告にできること/できないこと
キャンペーンやプロモーション後「予算をかけた割には大して変わっていない」という経験が皆さんにもあると思うが、そもそも広告はそういう働きをしない。広告には、消費者を説得して買わせるStrong Theoryと、説得ではなくセイリエンス(思い出しやすさ)だという考え方のWeak Theoryがある。しかしエビデンスベースの視点で見ると、「説得メイン」のマーケティングコミュニケーションは違和感だらけである。そもそも説得が広く有効だというエビデンスは見当たらないし、「説得メイン」の世界観で考えた場合に使用されがちな、「購買ファネル」や「行動モデル」についても、その根拠や再現性が検証されているものは稀である。つまりファネルとは単なる企業側の「管理ツール」で、歩留まりとは「集計ロジック」なのである。
Weak Theory:確率論的なマーケティングパラダイムへ
Weak Theoryにおいての広告はブランドに関する記憶や連想をリフレッシュすることで、幅広い適用可能性を持つ。メンタルアベイラビリティ(思いつきやすさ)とフィジカルアベイラビリティ(見つけやすさ、買いやすさ)を動かすことで浸透率を上げ、ロイヤルティを高めていく(ダブルジョパディ:市場シェアが大きいブランドは顧客数も購入頻度も高くなる)。つまりさまざまな利用機会でブランドが想起される確率、見つけてもらえる確率を高めていくことが大事で、需要が発生する「文脈」がマーコムの起点であり、介入すべき変数になる。商品や広告もCEP(カテゴリーエントリーポイント)から逆算してつくるという視点が大切になる。
重要なのはCEPの数(入口・間口)を増やすこと。これは「第一想起を取る」という意味ではない。そもそも第一想起は、同じ人でも一貫性が50%程度しかない不安定な指標だ。何より、ブランド成長の源泉となる未顧客やライトユーザーの変化は、第一想起ではなく助成想起にこそ現れる。だからこそ、より多くの状況で想起集合に入るCEPを増やし、助成想起を広げることがブランド成長の鍵となる。
広告をしないと、売上やシェアはどうなるのか?
Weak Theoryの世界観は、「広告をしないと、売上やシェアはどうなるのか?」という視点から考えるとわかりやすい。近年の研究によると、広告を1年しないと売上は平均-16%、2年だと-25%、3年だと-36%、シェアは-10%、-20%、-28%それぞれ減少する。大きなブランドは影響が緩やかだが、衰退気味の小さなブランドの場合は影響が最も大きい。これらは目安として参考にしていただきたい。
広告弾力性(広告費/広告量の変化率に対する売上の変化率の比率)は、短期で0.1、長期で0.2程度と非常に小さい。短期の「0.1」とは、具体的には広告費を10%増やしても、売上は1%程度しか増えないことを意味する。近年の研究ではさらに低く、テレビCMの長期的な広告弾力性は平均で0.02という報告もある。だから広告を増やしても減らしても、短期の売上は大きく変化しないのだ。しかし広告予算を1年間半減させ、その後通常の出稿レベルに戻した場合、売上を元に戻すのに3年かかった・ゼロにした場合は5年かかったという研究例もある。
つまり広告をしたからといって急にシェアが伸びることはないが、広告をしておかないとシェアを維持することすら困難になる。では何のために行うかというと短期売上のためではなく、現在の売上やシェア維持、将来のキャッシュフロー形成のためである。
ダイキンの事例を紹介しよう(日経クロストレンドの記事より)。同社はかつて短期指標にとらわれ、デジタル広告の指標をKPIに据えるという施策で失敗。その後未顧客への想起形成を重視する戦略に転換した。需要が発生する以前に、「エアコンといえばダイキン」と想起してもらうメンタルアベイラビリティをいかに高めるかが成長の鍵になったとしている。このようにブランドに投資していると認知・想起が増え、プロモーション効果やパフォーマンスマーケティングのROIといった短期指標も徐々に向上し、結果として売り上げのベースラインが上昇する。
95:5のルール
さらに理解を深めるのに役立つのが、アレンバーグス研究所のジョン・ドーズ教授が提唱する「95:5」のルールである。購買が発生し得る「顧客期間」はカスタマージャーニーの5%に過ぎず、残りの95%は市場にいない「未顧客期間」が占めるという概念だ。近年の研究によると、ブランド選択の8割以上がこの「“未”顧客期間」に決まるということがわかっている。つまり未顧客期間のブランド構築が、将来のキャッシュフローの源泉となるのだ。
一方で売上の踊り場にさしかかったブランドが陥りやすいのが、既存顧客への過度な依存だ。既存客は広告に気づきやすく、短期施策への反応も高いので一見うまく行っているように見える。しかし実際は母数の無関心層が減って額面上の数値が高くなっているだけ。浸透率を伴わないロイヤルティ向上には限界があり(ダブルジョパディ)、効果逓減に陥る。ROIやロイヤルティばかりを追い求めると、結果としてブランドを衰退させてしまうことにつながる。ROIは効率性の指標であり、バイロン・シャープ教授が言うように、成長の先行指標ではないのだ。
結局「未顧客期間のブランド構築」に投資するしかない。顧客期間の販促やパフォーマンス系施策の効果・ROIも「“未”顧客期間」に大きく左右される。近年の実証研究によると、ECサイトやSNSのショッピング機能でも助成想起の高いブランドは、低いブランドに比べてコンバージョン率が2〜3倍高くなると報告されている。なぜそうなるかというと、想起と選択の間にもダブルジョパディが成立するからだ。従って短期的な成果が欲しい場合でも「未顧客期間のブランド構築」に投資するしかない。それが次回購入のブランド選択につながっていく。
購買は習慣に大きく左右されるため、未顧客期間に、競合ブランドを選ぶという「思考停止」の習慣を解除しておくための仕込みが重要になる。この、未顧客期間に具体的に何をすべきか、いわば「習慣の作り方、壊し方」については、近々発売される私の新しい本で詳しく解説しているので、ぜひ参考にしていただきたい。